音楽教室・ピアノ教室・ヴァイオリン教室・生演奏・演奏依頼・学校公演・披露宴・パーティー・イベント・コンサート・出張生演奏・クラシック・ジャズ

「帰れソレントへ」について

2012年6月29日  ソプラノ 田中暁子

「帰れソレントへ」について



2012年4月2日に、ソプラノの谷口さんとピアノの石井さんとで、ナポリ出身のエンツォ・ディ・アマリオ先生(ホームページ)にカンツォーネのレッスンを受けに行きました。
そこで、当日のレッスンのテーマでもある「帰れソレントへ」についてご紹介したいと思います。

~曲の成り立ち~
帰れソレントへは、1902年9月5日にソレントを訪れた当時のイタリア首相ジュゼッペ・ザナルデッリのために、当時のソレントの市長が、ソレントの美しい海岸を知ってもらうためにクルティス兄弟に作らせたPR曲だそうです。
色々な説がありますが、当時はソレントの環境や自然を強調した歌詞だったものが、後に一部書き換えられ、今日知られる形になったと言われています。

~詞の内容~
Ⅰ,Vide`o mare quant’e bello,   [見なさい なんと美しい海!]
Spira tantu sentimento,   [溢れんばかりの想いが息吹いている]
Comme tu a chi tiene mente   [心とめる君のように]
Ca scetato`o faie sunna.   [夢へと誘う]
Guarda, gua’,chistu ciardino;   [見てごらん この庭を]
Siente, sie’, sti sciure arance:   [オレンジの花を嗅いでごらん]
Nu prufumo accussi fino   [この優美な香りは]
Dinto `o core se ne va…   [心に染み入ってくる…]

E tu dice:“I’ parto, addio!”   [そして 君は言う“私は行くわ さようなら”]
T `alluntane da stu core…   [君は遠くへ去っていく この心から…]
Da sta terra de l’ammore…   [この愛の地から…]
Tiene`o core ’e nun turuna?   [本当に戻る気はないのか?]
Ma nun me lassa,   [行かないで]
Nun darme stu turumiento !   [苦しめないで!]
Torna a Surriento ,   [帰れソレントへ]
Famme campa !   [私を死なせないで!]

Ⅱ,Vide `o mare de Surriento   [見なさい ソレントの海を]
Che Tesoro tene nfunno ;   [海底に沢山の宝]
Chi ha girato tutto`o munno   [世界中を訪れた人だって]
Nun l’ha visto comm’a cca.   [こんなに素晴らしいところを知らない]
Guarda attuorno sti Sserene,   [見てごらん まわりに人魚が]
Ca te guardano ncantate   [君をうっとり見つめている]
E te vonno tantu bene …   [君をとっても好きで…]
Te vulessero vasa.   [君に口づけしたいと]

E tu dice:“I’ parto addio!”   [そして 君は言う“私は行くわ さようなら”]
T’alluntane da stu core…   [君は遠くへ去っていく この心から…]
Da sta terra de l’ammore…   [この愛の地から…]
Tiene `o core ’e nun turna?   [本当に戻る気はないのか?]
Ma nun me lassa,   [行かないで]
Nun darme turmiento !   [苦しめないで!]
Torna a Surriento .   [帰れソレントへ]
Famme campa !   [私を死なせないで!]

ソレントの美しい風景、薫り、空気に昔の甘い思い出が蘇ります。
しかし、我に返り去ってしまった恋人を想い嘆き、
君なしでは生きられないと、悲痛の叫びをあげるのです。

~ナポリ語について~
上記の「帰れソレントへ」の歌詞は“ナポリ語”です。
ここで簡単にナポリ語について触れたいと思います。
ナポリ語、というと、単純に都市ナポリで話されている言語のように思いますが、ナポリ王国の旧領で話されている事に由来し、主に南部イタリアで広範に使用されています。
ナポリ語も標準イタリア語と同様に俗ラテン語から派生したものですが、ラテン語以前に存在していたオスク語やギリシャ語の影響も受けています。
オスク語の影響として、標準イタリア語との違いを、帰れソレントへの歌詞の中で分かりやすい例を2つをあげてみます。
冒頭の、vide (見る)の dのように、母音に挟まれたdや語頭のdは、rと発音されます。(またそのまま綴られることもある。→vire)
もう一つは、2番の歌詞の3行目の最後、munno(世界)、標準イタリア語ではmundo、これはラテン語の-ndが-nnに置換されています。
このような変化をロータシズム(Rhotacism)顫動音化といいます。

~楽曲の要素・特徴~
「帰れソレントへ」の歌詞に触れ、この曲の物語や訴えていることを言葉から感じていただけたと思います。
続いてこの帰れソレントへの音楽的要素について、私なりに少し理論的に深めていきたいと思います。

①主旋律・強弱・テンポ
まずこの3つは、詞(心情のこもった言葉)に最も寄り添い、詞と共に一体化しているべきであると思います。
詞と一体化したこれらは、言葉をより豊かに彩り、言葉の世界観をより豊かに表現でき、理屈を超えて心に入っていくでしょう。たとえ、知らない外国語の曲を聴いていても一体化した音楽は人の心を打つものがあると思います。逆に、言葉よりも音楽が先行してしまうと、訴えていることがぼやけ、曖昧な、印象に残らないものになってしまうでしょう。

②同主調への転調
この曲の大きな特徴の1つである、同主調への転調は、ドラマティックで美しく劇的な効果が望めますが、その反面、曲調が変わりすぎる為2つの曲を強引につけた様な印象になりかねません。
しかし、作曲者のE.D.クルティスは、この「帰れソレントへ」ともう一つ有名な、映画で世界に発信された「忘れな草」に、自然かつ効果的に同主調への転調を用いています。
これは、他の音楽的要素との絶妙な組み合わせによってなされています。

③主旋律の音型・リズム
冒頭から2小節単位で類似した音型・リズムを繰り返していて、曲に統一感が出ており、同主調への転調の過多な違和感をなくしています。しかし、終結部ではこれまでのそれとはがらりと変わり、同時に同主調への転調や他要素の変化も加わり劇的な効果がもたらさています。

④伴奏・副旋律
冒頭は、もの悲しい波の音の様な短調のアルペジオです。それから長調に転じ弾んだワルツに情景を映したような甘い副旋律が加わります。しかし再び短調に転じ優美な情景の名残から徐々に現実に引き戻される悲しいワルツ、そして君なしでは生きていけないという叫びへと副旋律も一体化し劇的な終結をむかえます。

大まかではありますが、以上が私の考える、「帰れソレントへ」の楽曲の要素です。
この様々な要素が、タイミングをずらし変化をしていくため、繊細な感情の起伏や情景を豊かに表しています。しかし、終結部では全ての要素が相まって変化し、恋人への切望の想いが劇的に表現されているのです。

このように沢山の要素が含まれている素晴らしい曲でも演奏の仕方によっては、ありきたりな3拍子の単調な曲と化してしまいます。
カンツォーネのレッスンをしていただいている、E.D.アマリオ先生もそう指摘されています。
それを打開する1つの方法として先生が用いたアレンジは、3拍子を4拍子で演奏する方法です。
イタリアではしばしば用いられるそうですが、私は初めて聴きました。
それは、1拍目は休符(ピアノ伴奏のみ)で、2拍目からルバート気味に語るように歌が入ります。
日本で一般的なあの3拍子の譜面の通り演奏するよりも、拍子感にとらわれず自由に自分の言葉として語るように歌うことができるように思います。より言葉が生き、情景が浮かぶようです。

レッスンを受け、誰もが耳にしたことのあるこの有名な曲を演奏して感じたことがあります。
私は今まで、どのくらいこの曲と向き合い、思いを巡らせ、想像し、考え、くみ取ることができていただろう…。
この曲の想いを感じ、己とシンクロさせ、聴いてくれる人にどのくらい訴えかけられていたのだろう…。
有名で誰もが耳にしたことのある曲こそ、実は演奏者がその曲について表面的にしか知らない状態で、無難にメロディーをなぞり、それらしい浅い表現で演奏できていると過信してしまうことがあるのではと…。
どんな曲であっても演奏者である限りは、その楽譜に記されているあらゆる事をくみ取り、想像力を働かせ、最大限その音楽を生かす表現を常に考えチャレンジし、振り返り、己を見つめ、問い続けなければと、強く思いました。当たり前なことだけれど、とても大切なことですよね。

これからも、1曲1曲…自分なりに向き合い、私の音楽を表現していけるように、そして聴いていただける方の心に残る歌をうたっていけるように、大切な事を胸に留め、日々経験し、学んでいきたいと思います。

参考資料
 オススメYouTube
タイプの違った2つの「帰れソレントへ」を、どうぞお聴き下さい。

箱根ガラスの森美術館内のレストラン・カフェにて。
E.D.アマリオ先生(ピアノ)、S.マニエーリさん(歌)の演奏。
先生のアレンジとマニエーリさんの歌声が、クラシックの演奏とは違った味わいで魅惑的です。



L.パヴァロッティの演奏。(G.キアラメッロ指揮、ナショナル・フィルハーモニック管弦楽団)
生きた言葉、切々と胸に迫る迫力の演奏は、やはりテノールの歌うべき歌なのだなと思わされます。



 オススメCD
G.D.ステファノの歌う「帰れソレントへ」を初め数々のナポリ民謡は、音楽的にも素晴らしいですし、情景が浮かび、心が感じられ圧巻です。